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BLue CaFe NeT

by HiRoo iNoue || ACTOR

波乗りジョニー

雑記・雑文 ご挨拶

ぼくは昔からかなり無計画に人生を歩んでいる。これまでいくつかのターニングポイントがあったが、その全ての決断が突発的・衝動的であり、計画的に物事を進めた結果ではなかった。運命任せというか他力本願というか、気がついたらそうなってたということが殆どだ。

子供のときにピアノを習い始めたこと
中学受験をすることに決めたこと
高校のときにアメリカでホームステイをしたこと
大学に入学したあとにまた再受験したこと
アメリカの会社に就職したこと
会社を辞めて南米に旅立ったこと
30歳になって突然芝居を始めたこと

どれも時間をかけて熟慮して決めたことではなく、「ある日突然」決めたことばかりだ。しかもそのほとんどは、外部からもたらされた偶然が契機となり、その方向へと人生が転換していったことばかりだ。

こんなことで良いのだろうかと不安になることもあるが、これまでそうやって生きてきたのだから仕方ない。将来を見据えて計画的に人生を考えることをいつからか完全に止めてしまった。ぼくの場合考えたところで大した考えも浮かばないし、しかも結局のところ突発的な決断をしてしまうので、それまでの計画など何の意味もなくなってしまうからだ。

ぼくはそんな自分の生き方をいつも「波乗り」に例える。


人生が安定しているとき、ぼくは穏やかな海にいる。身の丈にあわない目標を掲げてひたすら泳ごうとする。方向を見失ったり泳ぐことに疲れたりすることも多々ある。でも凪いだ海ではどうすることも出来ない。ぼくに出来ることといえば、とりあえずがむしゃらに泳ぎ続けてみようということと、いつか来るはずの「波」を待つことしかない。

そのうちぼくはだんだん焦りはじめる。このままじゃどこにも到達できない恐怖を感じはじめる。やはり地図を用意すべきだった。どこか進むべき方向を定めて泳ぐべきだった。もしかして同じ場所をぐるぐる回っているだけかもしれない。もうどこにも辿りつけないかもしれない。でも焦ったところでぼくに出来ることは変わらない。それでも泳ぎ続けることと波を待つことだけだ。

するとある日突然、風が吹き始める。風が吹いて波が立ち始める。まわりがざわざわしはじめ、ぼくの内部もざわざわしはじめる。「波」が来る合図だ。どこからどこへ向かって波が起こるのか、どのくらいの大きさの波が来るのか、それはそれが来てみないことには分からない。そうなったときにぼくに出来ることは、ただ全身の力を抜いてそこに漂うこと。波が来たときにそれに抗わずその波に乗ること。それしかない。

何もしないことはダメなことかもしれない。自分の意志で何かを選ばなければいけないようにも思える。何もしないことは怖ろしいことでもある。波に連れ去られる先はどこなのか分からないのだから。

でもぼくはこれまでの経験から、何もせず何も考えず波に身体を委ねてしまうことが結果的にベストな選択であるだろうことを知っている。嵐が止んだときにどこに運ばれていようとも、その場所がぼくの行くべきところであることを知っている。


昨年の秋ぐらいからひさびさに大きな波の予感がしていた。今年に入ってその予感は増していた。そしてこの1ヶ月、間違いなく大きな嵐が起きている。もしかしたら過去最大級の嵐のような気もする。

ぼくは既に頼るべきものの多くを失い、波にもまれて自分を見失っている。常に不安と恐怖を感じて激しい動悸が止まらない。さまざまなことに過敏になって心が休まるときがない。平穏を取り戻そうと逃避を目論むがどれもうまくいかない。表面的に起こっている事象とは別に、ぼくの内部では暴風雨が吹き荒れている。アップダウンの激しい毎日に疲れ果てている。

でもぼくには分かっている。この嵐はぼくの味方なんだと。抗ってはいけない、戦ってはいけない。やるべきことは勇気をもって委ねること。そして冷静に乗るべき波を見定めて、それを見つけたら瞬時にその波をつかまえること。そしたらぼくはどこかは分からない遠くに行ける。それを楽しみに今はひたすら毎日を耐えるしかない。

「そう、誰よりうまく波に乗るんだよ。何も考えずにね」


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『大市民』と関わったこの1ヶ月。この現場が嵐を起こす契機であったことは間違いない。ぼくにとって本当に大切な作品になった。お世話になった方々、観てくださった方々、本当にありがとうございました。

少しだけ休息して次の作品に向かいます。