BLue CaFe NeT

by HiRoo iNoue || ACTOR

切実な、問いかけ

DULL-COLORED POP 第14回公演『河童』、無事に全公演が終わりました。21人の俳優が、舞台上で所狭しと動き回る舞台だったので、舞台上での接触などによる事故を心配していましたが、おかげさまで大きなトラブルもケガもなく終えることが出来ました。まずはそのことにホッとしています。観に来てくださった方々、気にかけてくださった方々、支えてくれた全てのスタッフたち、一緒に舞台に立った全ての共演者たちに、心から感謝したいと思います。ありがとうございました。

今回の作品は、原作である芥川龍之介の『河童』と同じく、ひとりの人間(A)が河童の世界に迷い込み、河童の生活や思想に触れ、異文化経験をしたのち、最後に再び人間の世界に戻る、という流れを継承していています。

具体的には、Aくんは河童の国で「かぱバス」のツアーに参加し、公園→劇場→国会→病院→居酒屋(和民)→河童タワー といろんな場所を回っていく中で、河童の生態や価値観、人間との違いに触れていきます。僕は、Aくんの河童の国でのホストファミリー、かぱバスのツアーにずっと随行する、「哲学者になりたい河童」バッグを演じました。原作に出てくる、バッグとマッグを足したような役柄です。

原作同様、今回の作品も、人間社会を風刺した作品と捉えられることが多かったと思います。確かに、どのシーンにおいても、人間界で起こっている理不尽な事柄を笑い、河童界でのドラスティックな問題解決を、Aくん、そして観客に投げかけ、それに対する人間の嫌悪感や拒絶反応を斬り捨てる、という流れで進んでいきます。

ただ僕は、今回の作品を、人間社会を風刺する作品なのではなく、河童という存在を借りて、常識と非常識の境目をあいまいにさせた上で、ひとつの大きな「問い」を投げかけようとした作品だと捉えていました。シンプルで、強い、静かで、深い、やさしくて、哀しい、苦しくて、清々しい、問い。答えが存在しないことが分かっている、答えが返ってこないことも分かっている、でも、問わずにはいられない、根源的で抽象的で、切実な、問い。今回の作品で唯一登場する小道具、「肉まん」に凝縮された、問い。

さまざまな解決不能な問題が差し迫っている現代において、その具体的な解決につながらない、甘っちょろい「問い」など無意味だ、という意見もあるのかもしれないけれど、僕は逆に、こういう時代だからこそ、せめて演劇のような媒体では、そういう、一見無意味なことを、大まじめに言ったって良いじゃないか、とも思ったりする。それが楽観的に過ぎると、単なるバカだってことになってしまうが、限りなく絶望しているからこそ、の、止められない願いや祈りのようなものは、混迷を極め、軸を見失っているいま、強い力をもつものであるような気がする。少なくとも演劇には、そういう力があってほしいと、僕は願う。(3月に上演したTRASHMASTERSの『虚像の礎』も、似たような作品だった) そして、今回の『河童』は、その力をもつ作品になり得ると、僕は思っていた。でも残念ながら、出来上がった作品は、そこまでには至らなかったように思う。

観てくださった方の中には、この作品を観て、いろいろ感じて考えて、心が動いたという方もいるだろうし、安っぽい風刺を見せられ続けて、ゲンナリした方もいるだろう。単純に演劇としてみて、楽しんでくださった方もいるだろうし、質が低い、つまらない、と怒りを感じた方もいるだろう。どう見て頂いても、恥じることのない作品を作ったという自負はある。

ただ僕は作り手のひとりとして、さらに貪欲でいるならば、理想として思い描いていた、巨大な問いを投げかけるような作品に出来なかったことは、正直に言って残念だし、とても悔しい。僕や、僕たちの作ってきた過程のどこかに、間違いがあったのかもしれないし、もっともっとやるべき作業、戦うべきものがあったのかもしれない。もしかしたら、今回の座組で成し得るベストだったのかもしれない。どうであれ、僕や、僕たちは、今回の創作過程をもう一度冷静に見つめ直して、それを糧に、次の作品に向かっていけたら、と心から願う。逆に言うと、これだけたくさんの課題を得ることが出来た、大きな「挑戦」でもあったのだろう。作り手の立場としてのみ傲慢に言うならば、この作品は通過点だ。これからどこに、どう向かっていくのかに、この作品の真価が問われるように思う。


谷賢一くんとは、今回で3回目の共同作業。前2作が充実した創作過程を過ごせ、強く記憶に残る作品になったので、今回の稽古が始まる前から、既に信頼関係は出来ていた。僕は彼の作家としての才能も、演出家としての魅力も疑いなく信じているし、なにより、ひとりの人間として大好きだ。彼も僕のことを、俳優として、ひとりの人間として、信用してくれていたように思う。谷くんが任せてくれたおかげで、僕はのびのびと、今回の役を膨らませることが出来た。台本に書かれていない部分で、次々とアイデアが生まれてきた。アイデアが出過ぎて困ったり、進むべき方向に迷ったり、何かが足りないと感じたときは、相談すると、求めていた以上の言葉が返ってきて、さらに役を深めていくことが出来た。理想的な関係で、創作過程を楽しめたように思う。次また一緒にやるときには、さらに次のステップを目指したい。ぜひまた一緒にやりましょう。今回谷くんがこの作品で描きたかったこと、演劇的に挑戦したかったこと、すべてを理解できているか分からないけど、僕はそのすべてに共感した。大好きだよ、賢ちゃん。

DULL-COLORED POPの公演としては、3年ぶり2度目の参加だった。3年前は、劇団が再スタートを切るタイミングで、いまいる劇団員たちが劇団に所属したばかり、とても初々しい集団だった。それからもずっと作品を観続けていて、劇団員たちとの付き合いも続いていたが、ひさびさに一緒に作品を作ってみて、劇団として大きく成長していたことに驚かされた。谷くんと劇団員たちとの信頼関係が、以前とは比べ物にならないぐらい強まっていたし、劇団員たちが、きちんと劇団の作品世界を支えられる俳優たちになっていた。そのことをとても嬉しく、頼もしく感じた。これからのDULL-COLORED POPの活動が楽しみでならない。ケンケン、エイティ、ももちゃん、エリック、りな、ふくもっちゃん、舞台上でも、舞台の外でも、僕たちを支えてくれて本当にありがとう。心から感謝しています。

感謝したい人は山ほどいるが、その中でも特に感謝している数名に。

>今村洋一
ずっと共演したいと互いに望んできて、ようやく叶った今回の公演。今回の、公私ともに僕の相棒。誰より長い時間一緒にいて、誰よりたくさん話をした。おかげで最後は、テレパシーみたいなもので通じあえていた気さえする。台本に書かれている以上の関係をあそこまで作ることが出来たのは、相手がようちゃんだったからこそ。演技の質感はまったく違えど、作品に対する思い、考え方はとても近く、話すことで理解をどんどん深めることが出来た。とにかく楽しかった。ありがとう。

>浜田えり子・中村梨那
僕の河童界での奥さんと息子。今回の作品で唯一登場する家族。台本に書かれている以上の関係性を作り上げるためにいろいろと話をした。僕が漠然と思いついたアイデアや、不安に思うことを話すと、即座に理解してくれ、それに対する意見を持ち込んでくれ、実際舞台上でさらにそれを拡げてくれたふたり。稽古でも本番でも心から安心して、楽しんで、芝居をすることが出来た。芝居している中で新しく生まれたこともたくさんあったね。舞台上では崩壊した家族を演じたけれど、ふたりとも大好きです。

三津谷亮・小角まや
僕にとってのクライマックスシーンで、相手役をやってくれたふたり。僕は今回の俳優陣の中で、このふたりの演技が(このシーンに限らず)ダントツで好みだった。ただそこにいて、呼吸をし、感じ、言葉を発する。それだけ。まるで「演技」じゃないみたいだった。それはふたりが、素晴らしい感受性をもっているから出来ること。ふたりの芝居に影響を受けて、僕の芝居も変わり、僕の芝居が変わると、ふたりの芝居も変わる。それは毎回違っていて、でも毎回確実に、一緒に芝居をしていた。そういう瞬間を求めて僕は芝居をやっているので、今回はふたりと一緒にやれたあの短いシーンが、大きな喜びだった。あのシーンが終わると、僕は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっていたので、次の出番までの短い時間のあいだに、毎回楽屋に顔を拭きに戻っていた。すると必ず、楽屋で僕と逆の隅に座っている三津谷くんが、同じように泣いていて、ふたりして、言葉を交わすことなく、ただ鼻をグスングスンいわせていた。あの、ちょっと照れくさい30秒ぐらいの時間が、一番幸せな時間だった。ふたりとはぜひともまた一緒にやりたい。そのときを楽しみにしています。

>傳川光留
今回振付助手でついてくれた弱冠26歳の若者。もともと俳優で、ダンスの経験がそんなにないのに、身体表現者としてひっぱりだこ。でも学生時代は音大でピアノをやっていて、音楽的センスもバッチリ。芝居を俯瞰的に見るセンスも才能もあり、演劇愛が半端なく強い。おまけに人柄が最高に良く、イケメン。何から何まで兼ね備えたスーパースターヒカルくんが、今回の僕にとってのヒーローだった。喫煙所や飲み屋で話す中で、この人は良く芝居を見てくれてるなー、と思っていたので、劇場に入って、振付助手の仕事が少し落ち着いたころに、芝居部分での助言を求めてみたら、その返答があまりに鋭く、僕にとって有効なものが多かったので、それ以来、毎日のように、僕は彼の感想を求めるようになった。僕が迷っていたり、不安に思っている箇所を、ことごとく見破ってくる。彼のおかげで、自分の意見を強く押し通す覚悟が決められたところもあるし、考えが足りず、表現が追いついていなかったところをどんどん埋めることが出来た。本当に彼には助けられた。これからも末長く、同志として、彼と一緒に演劇のことを考えていきたいし、いつか俳優同士で、一緒に作品を作る機会が訪れることを心から願っている。彼との出会いが、今回一番の収穫(?)と言っても過言ではない。ありがとう。


長くなりました。

僕にしては珍しく、動きまわり、大声を出し、体力面が心配な芝居でしたが、意外と体力はあったらしく、思ったより平気だったというか、大丈夫でした。20代の共演者たちが多い中で、最年長としてどう現場にいるべきか難しかったですが、「年長者のくせにムダに動く、ムダに大声を出す」という目標が直感的に浮かび、それを実践してみました。それに何の意味があったのか、全くもって不明ですが、少なくとも個人的には、「まだまだやれるな」と自信につながりました。

とは言え、次は、歌ったり踊ったり正面切って大声出したりする芝居ではなく、僕自身、僕の居るべき場所だと信じる、濃密な会話劇をやりたいと願っています。また劇場でお会いしましょう。ありがとうございました。