BLue CaFe NeT

by HiRoo iNoue || ACTOR

終演のご挨拶

亜細亜の骨『食用人間~トリコジカケの中華料理~』本日全公演が終わりました。 それなりに長く舞台を続けているので、千秋楽が特別なものというわけでもなく、普段であればいつも通り淡々と終わるものなのですが、ごく稀に、特別な感慨が押し寄せる公演があります。近いところでは、風琴工房『insider』、DULL-COLORED POP『福島三部作』の福島公演などは、感無量の千秋楽であったことを覚えています。今回のこの公演は、ひさびさに、いろんな意味で感慨深い、特別な千秋楽となりました。


今回の作品は、人間が環境を破壊しつくし、食糧が尽きてしまった近未来の物語でした。人肉を食べることができる「オオカミ」から身を守るために、壁を築いて、壁の中の「アイランド」に閉じこもって生活する「人間」たち。でも現実には、人間はオオカミから住む場所を与えられ、生きるための最低限の食事である「ゼリー」を与えられ、ようやく生き続けられています。また、アイランドの中にも「オオカミ」が出現するようになり、人間たちの生命が脅かされるようになっていきます。

そんな中、「自警団」を結成し、アイランドの中のオオカミ予備軍を討伐し、アイランドを守る運動をしている男が、今回僕の演じた「隆兄」という役でした。荒くれ者で、気性が激しく、オオカミに戦いを挑み、人間の尊厳を取り戻そうとする遥かな理想を夢見ています。ただ彼の能力はその夢の大きさに応じたものではなく、自分が思うように運動を進められないことに苛立ちとストレスを感じ、それを全て、同居する弟と、義理の姉弟にぶつけてしまう。とんでもなくテンションの高い、厄介でイヤな奴が、僕の演じる役どころでした。オオカミを憎み、人間の世界と自分の家族を守ろうとしていた彼は、結果、家族からも嫌われ、人間たちからも嫌われ、最も信頼し愛していた弟に自分の手足を喰われていってしまうという、とんでもない運命を辿ることになります。


4〜6月とほぼ三ヶ月にわたり自宅に閉じこもり、のんびりと生活をしていた僕にとって、いきなりこの物語の世界、自分の演じる役に飛びこむには大きな抵抗がありました。身体も心もついていけない。しばらくの間はゆっくりとリハビリをしながら進める必要がありました。当然、稽古場への行き帰りの道中で、稽古場内で、コロナウィルスへの感染の不安や恐怖もつきまとい、身体も心もなかなか開いていけない状況が続きました。

それに加え、「オオカミ」と「人間」というメタファーを使って描かれたこのおとぎ話は、それ自体がリアリティを超えた物語であり、非常に難解な戯曲でもありました。台湾人でもあり、同性愛者でもある作家のダーズーは、このおとぎ話の背景に、中国と台湾、異性愛者と同性愛者などの関係を置き、「支配者」と「被支配者」、「自由を享受できる者」と「自由を奪われた者」、「欲望に忠実な者」と「欲望を抑え込まれた者」という普遍的な物語を描いていたと思います。表向きは単なるSFのおとぎ話ではあるけれど、読めば読むほど深みのある、面白いけれども難解な、難解だけれど面白い戯曲でした。

稽古中も、劇場に入ってからの本番期間も、本当に苦しい日々が続きました。戯曲がわからない。セリフがわからない。役の構築も、シーンの構築も、作品全体の構築も、いくらやってもしっくりこない。納得できない。演出家の言葉がわからず、それでもなんとかトライしてみようとするけれどもうまくいかない。コロナウィルスの影響でそもそも神経過敏になっている上、そもそもの創作部分での生みの苦しみが半端なく大きな作品でした。稽古場では不織布マスクを、劇場に入ってからはフェイスシールドをつけて演じることのストレスも想像以上でした。 日々倒れ込みそうになるほどの疲労感に襲われていました。


亜細亜の骨の主宰であり、この作品を翻訳・演出したE-RUNさんとは、稽古場でも劇場でも長いこと衝突をしつづけました。僕もそうですが、E-RUNさん自身も、まわりの共演者たちも、しんどい日々が続いていたことと思います。でも最後の最後、開き直って「もう演出家の言うことに振り回されず、自分のやりたいように、信じることをやろう!」と決めて演じたとき、ようやく見えてくるものがたくさんありました。そして不思議なことに、そこで見つかったものこそが演出家も求めていたことでもありました。

今日の千秋楽は、僕だけでなく、共演者たちもみんなが、演じながらたくさんのことを発見し、変化し、物語を積み上げていっているのがわかりました。ようやく演じていて楽しいと思えるところに辿り着けました。もしかしたらこれまでと、見えるものはそれほど違わないのかもしれない。これまでの本番も、もちろん全力で、見せて恥ずかしくないものを作ったつもりではあります。でも僕の中では、今日の千秋楽の公演が、特別な1回の公演になりました。生みの苦しみが大きかった分、その感動は大きなものでした。


このコロナ禍の状況の中、公演を制作することは本当に大変なことだったと思います。日々増えていく感染者の数、演劇界からも出てしまったクラスター感染などで、予約もストップしてしまいました。これまでに経験したことがないほどに、少ないお客さんの回もありました。台湾から来日するはずだった俳優やスタッフが来られなくなり、演出そのものの変更なども余儀なくされました。その大変な状況の中、クールでドライでマイペースなスタッフたちと、異常なほどまでのバイタリティをもった主宰兼演出家と、バランスも相性もよかった俳優たちの力が集結して、無事に千秋楽まで公演を終えることができました。

日々の検温と徹底的な消毒、マスクやフェイスシールドの着用はもちろん、全員への抗体検査とPCR検査、遠方のキャストの移動中のリスクをなくすための宿泊準備など、採算度外視の感染防止対策があってこその、今日の千秋楽でした。 そんなあれこれが一気に頭を巡って、たくさん舞台を経験してきたはずの僕が、千秋楽のカーテンコールで不覚にも泣きそうになってしまいました。いつも明るくやんちゃな台湾チームの力も大きく、本当に素敵な座組でした。これ以上ない、気持ちの良い終わり方ができて幸せです。 打ち上げもできず淋しい限りですが、近い将来、まだ会えていない台湾チームのみんなに会いに行けたらと思っています。


最後になりますが、このような状況の中、劇場まで足をお運びくださったお客さま、自宅にて配信にお付き合いくださったお客さま、本当にありがとうございました。また劇場にてお会いできるのを、心より楽しみにしています。