BLue CaFe NeT

by HiRoo iNoue || ACTOR

閑話休題

DULL-COLORED POP vol.20『福島三部作』は、俳優として少し特殊な仕事だ。扱っているテーマの現代性、そして深刻さはもちろんだが、純粋に「演劇作品」としてみた場合にも、普段とは違った経験となっている。第一部『1961年: 夜に昇る太陽』ではほぼ全編を通して「人形」を使った演技となるので、普段と異なることはもちろんだ。第三部『2011年: 語られたがる言葉たち』は「演劇作品=フィクション」ではあるけれど、戯曲そのものの構造や内容が「ドキュメンタリー」に寄っているので、やはり普段とは少し違った「演技」を模索しているように思う。東京公演を通じて「思考」が止まらないので、備忘的な意味合いで書き列ねてみる。


◎「人形」を使った演技
昨年の先行上演の創作時、作品の中に「人形劇パート」があると知ったとき、そして自分がほぼ人形の「黒衣」としての演技になると知ったとき、正直言ってかなり戸惑いがあった。未経験による不安ということもあったがそれ以上に、「人形劇」に人生をかけてやっている人たちがいるというのに、自分のような素人が軽々しくそこに手を出しては、彼らの仕事への「冒涜」のような気がしたからだ。でも、昨年の先行上演を通して、そして今年の再演を経験して、今では得難い経験ができていることに感謝をしている。

昨年の経験と反省を踏まえ、今年特に気をつけていたことは「目線」だった。人形の作りの問題と僕自身の技術・体力の問題から、昨年はどうしても目線が上にずれてしまう問題があった。僕に人形の扱いを指導してくれた人形師の方から昨年の本番時に指摘されたことでもあり、今年は何としてもそこを改善したいと思っていた。

それに加えて、「何を(どこを)」「どのタイミングで」「どう」見るか、ということを昨年以上に完璧にしたかった。まっすぐ見るのか見上げるのか。ゆっくり向くのか急に向くのか。近くを見るのか遠くを見るのか。そしてまた「人形遣いである僕自身が、人形と同じものを見るのか見ないのか」についてもこだわった。今年再び「師」が観てくれたのだが、昨年僕にくれたダメ出しを覚えていてくれて(驚いた)、この点については改善・成長していると褒めてくれた。

そして新たに今年加わった課題が「勇気を持って止まること」と「人形の意志を首で表現すること」だった。前者については、人形が「生きている」と思わせるために、つい、人形を動かす「手」を止めることを怖れてしまう。「自然主義的」な動きを人形にさせようと焦ってしまう。けれど、選ばれた「姿」で止まっている人形からは、「想像力」が掻き立てられて観ている側がさまざまなことを補ってみてくれて、逆に人形が「生きてくる」という。昨年も聞いた教えであったけれど、今年はより具体的に、あのセリフのところは止まって言った方が良い、などとアドバイスをもらったおかげで、よりそのことが理解できたように思う。人形を「止める」ことは「動かす」ことよりも身体的には大変で、左手や腰はもちろん全身が悲鳴を上げてしまうのだけれど、劇場にいる観客たちが人形に視線を集め、そこから想像力を膨らませてくれていることが肌で感じられて、演じていて大きな喜びを感じる瞬間でもある。僕のような素人が軽々しく足を踏み入れてしまっている怖れは消えていないけれど、昨年以上に「人形」を使った演技が楽しくなっている。


◎人形である「僕」
「人形」を遣う経験をしたことで、自分自身の身体を使った普通の演技においても、勉強になることがたくさんある。もちろんそれは当たり前だ。歌舞伎そのものがそういうものであるし、そのことに軸足をおいて演劇を立ち上げている人たちもいる。昨年の先行上演の際から考えていたことだけれど、今回の第三部を同時上演していることで、そして人形を遣う際の気づきが増えたことで、その考察もまた先に進んでいるように思う。

「人形」は動きが限られている。表情は動かないし身体の動きも相当に限定されている。その「縛り」の中で、いかに動けば彼自身の「行動」や「心情」が「伝えられる」か。または「想像を促せる」か。そのことを考えて、時に大胆に、時に遊び心をもって、時に勇気をもって動かずに、人形を動かしている。そうすると、普段演じているときにはまるで出てこない発想が出てきたりする。当然のことながら、人形にどのような動きをさせても「羞恥心」のようなものは生まれてこないし、「自我」が邪魔をして躊躇することもない。

第三部が開幕したあと、空いた時間を使って第一部の通し稽古をしたことがあった。人形は劇場から持っていけなかったので、人形なしで稽古をすることになったのだが、それを逆手にとって、人形にやらせている動きを生身の僕がやって全編通すことにトライしてみた。当然彼にはできるのに僕にはできない動きもある(僕は首を180度回すことはできない)が、この稽古は僕にとってものすごく大きな気づきをもたらすものとなった。

第三部における僕の役は、これまで演じたきた役と「何か」が違う。それは、描かれているテーマに依存するものではなく、この作品の「構造」であったり、僕の役の「ポジション」みたいなものであったりに依るような気がするが、まだ僕にもよくわからない。稽古場でも劇場でも、何か大きく足りないピースがあるような気がして不安だった。それを埋めてくれたのが、僕自身の身体を「人形」と見立ててみる(という発想を取り入れる)ことだった。リアリズムの演劇においても、特に今回の第三部においては、非常に有効なアプローチとなる気がした。

「人形」に対して僕自身がやろうと心がけていること。それをそのまま僕自身に当てはめる。単純に「見え方」「見せ方」という意味ではなく、人形を「生きている」ものにするためにやっていることを自分自身にあてはめれば自分自身もまた「生きている」ものになるだろうという発想。そして、そのベースとなる「観客の想像力」というものを信じ、そこに委ねるための勇気を持つということ。「説明しない」「表現しない」「無駄に動かない」「呼吸とともに動く」演技そのものの基本に改めて立ち戻ること。第三部における僕の身体の動きは、最終的にかなり少ないものになっている。約2時間舞台上にいることを考えると、あの動きの少なさは、場合によっては「さぼってる」と思われる危険性すらある。普通の作品ではなかなかそこまでの挑戦は出来ない。だが今回の第三部においては、それがおそらく機能するだろう、有効であるだろうと信じ挑戦をしている。尊敬するアメリカ人の演出家がよく言っていた「Less is More」という名言を思い出す。シンプルな表現であればあるほどより豊かなものだ。それをどこまで信じられるか。


◎感情表現/声
「感情」や「状態」は演じられない。演じられるのは「行動」のみ。「感情」や「状態」はその結果にすぎない。ということは『演技の基本』として良く語られていることだけれど、日本の演劇界においては、感情表現=演技、という風潮があって、そちらの方がメインストリームなのかもしれない。そしてもちろんそれは、演技論の1つとして正解の可能性の1つなのであるが、今回の第三部に関しては、僕はそうであってはいけないものなのではないかと個人的に信じている。

震災・原発事故という、時間的にも地理的にも精神的にも近しい大きな「現実」があって、それを実際に経験した人たちを「演じる」にあたって、その当事者の抱えている大きな「感情」を知ろうとすることはもちろん必要なのだろうが、それを「表現」しようとする義務感や欲求からいかに逃れるか、ということが僕自身の今回の大きな課題となっている。僕の演じる役には実在のモデルがあり、フィクションの部分ではあるけれど、50年の時を通して描かれている大きな「物語」もある。自分の人生経験からは計り知れない「感情」がそこには生まれてきているだろうと感じる分、それを「表現」しなければいけないのではないかというプレッシャーは、僕だけでなく俳優ならば誰しも理解できるものだと思う。

だけど、今回の作品では何とかしてそこから逃れなければいけない。彼が抱えているであろう「感情」は、どんなに頑張ったって僕にはわからないのだ。もちろんたくさんの準備をして、想像力を働かせて、そこに近づこうと最大限努力する。けれども最終的にそこには全然辿り着けないということを受け入れることもまた必要なのだ。それは俳優の仕事を放棄するという意味ではなく、描いていることの大きさに、登場する人物の苛酷な人生や苦しみに、圧倒されて敗北することが必要だと思うからだ。

僕に出来ることは、僕自身の身体と心と想像力を使って、彼が求めているものを求め、そのために行動を起こし、戯曲に書かれている時間を実際に過ごすこと。そこにただただ身を置いて、自分をなすがままにさせること。そのことで巨大の悲劇の一端でも感じられたら、と願うこと。そして自分自身を含めた劇場全体で、そのことを想像すること。それしか出来ることはないと覚悟を決めること。どんな作品においても似たようなことを考えながら演じているけれど、特にこの作品については、日々どうすればそれが出来るのか格闘を続けている。

感情表現をベースにした演技はとても派手でわかりやすい。大きな声は届きやすい。でもこの作品のテーマのひとつは、『過激さや単純化に走らず、ただ耳を澄ませてみよう』ということだ。少なくとも僕の役の信念はそこにある。それを演じる僕がそれと相反することをやってしまったら、作品全体が死んでしまうはずだ。

届かないかもしれないか弱い声、伝わらないかもしれない小さな動き、でもそれが届くこともあるはずだと祈り願って勇気を持って舞台に立つこと。青臭いかもれしれないが、それが、第三部を福島の人たちの前で演じるにあたって、僕自身に持てる最大限の誠意だと思っている。